おおむね調子よくやってます(今年クリアしたゲームの話)

 

 

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あつまれどうぶつの森を始めて、鉢植えが欲しくなったのでそのへんで買ってきて水をやる毎日をしています。

伸び過ぎた茎を切る、は動画を見ながら恐々やってたけどそう日も経たない内に気付いたら元通り伸びてきてるのでだんだん楽しくなってきてるところ。

水と太陽とたまに肥料をあげるだけで元気にやっててくれるので(そういう品種を選んだ)かわいいなーと思う。

多頭飼いする人の気持ちも分かった。ホームセンターの青空園芸コーナーが幸せ過ぎて今ベランダに鉢植えが5個あるから。

太陽を待つ気持ちも覚えた。ブーゲンビリアが喜ぶから。

自分が若者だった頃のことを思い出すと、所狭しと鉢植えが置いてある民家の前ってなんとなく嫌な感じを覚えながら通り過ぎていたので本当に自分の感性、もよくわかんない言葉だけど他に適切な言葉を思いつかないのでこう書く、に老いを感じますし花は若者避けになります。まあ、マンションのベランダには関係ない話。

 

そんな感じで私の調子もよく、今年は比較的たくさんゲームをクリアできてます。

 

 

 

 

 

The White door

 

It's all in your head.

 

ラスティレイクシリーズの最新作。

コンスタントに続編が作られるゲームの長期シリーズ物でちゃんとやってるの、これと軌跡シリーズくらいしかないかもしれない。

このシリーズは大半無料で出来たのと、雰囲気が好きでやってるので語られてる物事は相変わらずいまいち追いきれてない。ルーツくらいからよく分からん。シチュエーションを変えて繰り返し使われるモチーフやフレーズのある作品がとても好きで、このシリーズもそう。進んでるのか止まってるのか、各部屋からキューブを取り出す以外のストーリー上の目的があるのかないのかも分からないが。作品を跨いで繰り返し手に入れては脱出の鍵にするアイテムたち。繰り返し続けることで、あるとき弦が弾かれる。弦の音は頭の中の空洞に響いて、わんわんとした波になる。

It's all in your head.

 

でも、The White doorはいつものラスティレイクシリーズとは少し違った趣きがあったように思う。治療プログラムと称し小さな白い部屋に閉じ込められ、あからさまに変な人やモノがあるわけでもないのに、なんとなく全てが信用ならない感じ。眠るのが怖い、たぶん夜。

分岐エンディングという双立をどうしても愛していることも思わされた。

自分の記憶の中に彼女の痕跡を追い求めた先の最初のエンディング、シリーズにはおなじみのいつもの彼女はベンチに座ってる。

コマドリは飛び去る。スケッチブックは閉じられる。いつもの彼女が口を開く。

「It's all in your head.」

 

これまで整理した記憶をもう一度並べ直し、そこから「彼女」の痕跡のみを消して行った先の白い部屋で迎えるシークレットエンド。

いつもの彼女とは違う、別の人間……心配してくれていた医師と二人、窓辺に立つ後ろ姿。

It's all in my head, but she's not there.

  

 

 

 

 

十三機兵防衛圏 

 

面白かったし、時代遅れの化石のような紙芝居ゲームに未だに時間も心も大きく傾けている身としては、長いテキストを読ませようとする苦心にすごいなあと思ったけど終わってみると別にそんなに好きなゲームじゃない。

好きじゃないっていうか、好き・not 好きという地平にないと言うべき? 

タイトル聞いた時、ああ遊んだなあって思う、そういうとこにしまわれた。

 

 

 

 

 

 

伏字箇所には婚姻関係、生殖と入れといてください。

それまでのノスタルジックな舞台設定と感傷がこのラストで一気に「もう一度私たちの1984年の延長を!」に集約されてしまったように感じてそれまでの時間全てに冷めてしまったんですよね。

この子たちがどうして1984年の続きをやり始めたのか、そうなってしまうしかなかった理由は示されていたと思うし納得するんだけど、世界を救う少年少女の物語が好き!のテンションで読み始めてしまうと向かう先がこれだったことにがっかりしてしまう。その1984年の行き着く先ってこの2020年でしょ……大人になんてなるな……

 

 

 

 

 

song of bloom

 

楽しかった~ ハードの特徴を利用したゲームは楽しいのでスマホの特徴を利用したアプリゲームも楽しくて好き。イヤホンジャックを使う仕掛けがあるのは初めてだった。

 

 

 

 

 

龍が如く

 

龍が如くと私。特になにもなし。学生の時2を妹が彼氏から借りパクしたまま放置しててせっかくだから私がちょっとやったんだけど萌えのイラストじゃないからかわいくないし冒頭のムービーが長過ぎてつまらんくてすぐやめた。そのへんは7も同じだったけど……7がRPGだったのはシリーズ初のことだったそうです。知らなかった。仲間が後ろをついて歩いてくるのも7が初めてだったのかなあ。これがとても邪魔。真後ろを列になって歩いてくれるならいいんだけど、微妙に横に広がってついてきてしょっちゅう操作キャラ(主人公)とぶつかる。ぶつかると操作キャラ側にも小さく反動があってぶつかったキャラは大きくよろけて「おっと」「きゃっ」などと言う。地味なことなんだけどフィールドを歩く間中延々と続くことなのでだんだん腹立ってくるんだよ。曲がり角を曲がりきれず追い越していなくなることもある。大概ぶつかってくるけどね。あとさあシンボルエンカウントって上手く戦闘を避けられるとこがいいとこなんだけどこのゲームほぼ強制エンカウントなんだよね。商店街の反対側どうしでも逃れられないし相当遠くから因縁つけられて戦闘が始まる。敵から見つからなくなる装備品もクエストで取れるんだけどそれも終盤になってのことだし途中バトルタワー?を攻略する必要が出てきてそこから要求レベルがいきなり高くなる、ので結局は雑魚敵ともしっかり戦ってきていた方がバトルタワーで長く足止め食らわなくて済む。けど効率的にはバトルタワーの中層を周回した方がいい。んじゃやっぱ雑魚強制エンカウントなんかいらんな。いらないです。まあバトルタワーもいらないんだけど。マップが広いのにショートカット機能がないので移動もめんどくさい。ただでさえ同じマップをあちこち距離歩く面倒な移動なのに仲間にぶつかられるし雑魚は固いしエンカウントきついしでそのへんのドラッグストア行くにもタクシー使ってた。タクシー乗ると所持金は減ります。クエストも基本お使い系なのでマップ歩き回る必要があるんだけど、マップ歩くとろくなことが起こらないのでやらなくなってしまった。ダンジョンもひどい。中盤、抜けるのに一時間半くらいかかるダンジョンがあるんだけど、なんの仕掛けもなくただ歩いて戦うだけなの。せめて景色くらい変わってくれればいいもの同じ景色の繰り返しでただただ地下に降りていくだけ。とにかく階段見つけては降りてを繰り返していた途中、いきなり上りの階段が現れる。時間も時間だし終わりの合図だと思って上がるでしょ、したらまた同じようなマップ歩かされて今度は下り階段で下に行かされんの。ここで1時間。いやキレるわこんなん。ここまでのマップ移動へのうんざりでクエストやめたけどこの最悪ダンジョンでミニゲームするのやめた。ミニゲームやクエストも別に面白いわけではなかったけど、こういう悪ふざけを拾って行かない龍が如くなんて半分も魅力ないんじゃないですか?シリーズのことはよく知らないけど。少なくとも7は、後半、ストーリーがヤクザものに組み込まれていってしまうあたりで気持ちも失速していったので。主人公交代ってことだから7やったのに前作主人公とあとよくわかんない前作キャラ二人が結構な見せ場とともに出てきてその後もその存在を引っ張り続けたのは微妙だった、でもまあここは前作ファンが喜んでるならいいのかな。大筋の話は前作知らなくても全然問題なくてよかったよ。経営シミュレーションのクエストだけはそこそこやったんですけどこれは割と面白かった。ゲーム内ゲームとしてちょうどいい塩梅だったけど、こうも満足できない部分が多いともっと経営させてくれとなってしまう。

 

 

 

 

 

ウーユリーフの処方箋

 

露悪的なものを特別視して喜ぶオタクの姿に自分の中の直視したくない部分を見てしまい恥ずかしくなる。

まあこのヒロイン(このゲームで言うヒロインは乙女ゲーム主人公ちゃんのことを指します)造形を見てよ。そして「さすがSEEKただの乙女ゲーなんかやるわけがない」と鼻息荒くするオタクを想像してみてよ。同族嫌悪で死ぬ。

 

 

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プロモーション時点で結構、うーんって感じだったんだけど、SEEKのゲームは好きな方だしPVだけで悪口言うのもなあと思ったので無課金で読める範囲は全部読んだ。バッドエンドは途中から拾ってないくらいの感じ。

読んでいく内に、このヒロインの造形には露悪に終わらない何かがあるのではないかと微かな予感もあったりしてそこに賭けて読み進めてた。例えば、主人公や攻略対象、ヒロインという格にこのゲームなりの思い入れがあってこそ乙女ゲーム主人公にあたる彼女のことをヒロインと呼ぶのかなあとか。その、格や型への愛憎入り混じる思いが読めるのではないかと少し期待もしていた。ジャンルゲームへのゲームを通じた言及なんてそりゃあ愛と憎の混濁からでなきゃ生まれないよとこの時の私はまだ信じていた。

実際はどうだったかというと、なんかよく分かんなくて、というのもこのゲーム、乙女ゲームというジャンルゲームとしての格や型の話をしているように見せて実はそうでもないんですよね。ヒロインに攻略される=食われて死ぬ、を回避するため異性愛規範に沿わないドラァグクイーンの格好をするキリオというキャラクターがいて、このゲームにおける乙女ゲームに対する態度ってこれが基本なんですけど、そうでありながらなぜか肝心なところでCS乙女ゲームとモバイル向け基本無料乙女ゲームとを区別するんだよ。そして前者は「そうじゃない」が後者は「そうだ」と述べられる。散々、消費者が求める乙女ゲームとは、攻略対象とはを語り、型に当てはめられることを拒むキャラクターはいわゆる無個性乙女ゲーム主人公を批判しながら最終的に「まあでもCS乙女ゲームはそうじゃないよ」と内輪の自意識が一番高そうな部分を狙って評価してやることでお茶を濁そうとする。逃げじゃん!と一瞬キレたりもして、まあ、乙女ゲームに興味ないんだろうなって思うんですよね。

 

 

 

 

 

 

 

あと、これ読むとこのゲーム、基本無料携帯アプリ乙女ゲーム業界で書き手が経験した理不尽な経験の方に焦点があったんじゃないかなとかも。それならCSを除外したのも分かるかなあ。

 

ゲームジャンルから規範に則りキャラクターに要請される個や意思を考慮しない行動や言動という概念を持ち出せばやっていない乙女ゲームを殴ることも可能で当然それはギャルゲーであっても同じことなんだけど酔わせてキャバ嬢は作歴に載せられるんだ。

と思うけど「プロットは私ではないですし」とのことです。

何を載せて何を載せないかなんて当然この人の一存で何の問題もないので満足に書かせてもらえなかったし書いてあげられなかったので載せられませんでいいじゃんと思うのに、純粋に楽しんでくれた人たちのためですって書いてしまうようなタイプの人なのでふつうにむかつくな。「CSはそうじゃないよ」もそうだしちょっとチクチクしてぱっと逃げる姿勢にイラっとする。

 

誰ソ彼ホテルは好きです。

 

 

 

 

私も主人公たちを総称する時にディズニープリンセスとかのノリでヒロインと呼ぶことはある(例:オトメイトヒロイン)けど、主人公と呼ぶ方が適切な場面でそうしないのには意図があるのではと邪推もする。

 

そもそもゲームの主人公が視点に徹するのは珍しいことでもなんでもないんだよね。問題だとも思わない。視点に徹すれば没個性的と言われ流されがちで展開に従順であれば都合が良すぎると言われ、人の言うことを聞かず場を乱せばお前のためのゲームではないのだから大人しくしてろと言われとにかく八方厳しい目で見られる、乙女ゲーム主人公のさだめですね。

こういう上等な憂慮を見るたびに金色のコルダ15周年イベントのあのレポを参照します。会場に行ってないおまえが何を……なんだけども、どうしても参照してしまう。

あなたでよかった。あなたが私で、よかった」あの場に集まった全てのプレイヤーへ向けて語られた言葉を。

一言も喋らず、モノローグもなく、ゲーム画面に映るのは後ろ姿やミニキャラばかり。選択肢の言い回しは堅く、例えば「はい/いいえ」にあたるそれは「承知する/断る」だったり。徹底して視点の役目をまっとうする、日野香穂子は、そういう主人公だった。私は彼女の言葉を聞くことはできなかったけど、私と彼女との間には音楽があった。私が習熟度を上げれば彼女のヴァイオリンはよりのびやかに響いたし、私の知らない物語をその演奏で見せてくれもした。私と彼女との間には音楽しかなかった。その音楽に捧げられていく、いとしいキャラクターたちからのたくさんの言葉。

メディアミックスがとてもよかったのはもちろん、コーエーの土壌あってのゲームだったことも間違いない。それをもってCSは違うからと言う? 私はそう思わない。

始まりは一本のゲームで、日野香穂子もまた、最初から最後までずっと私と一緒にいてくれる、主人公という格を持つ一人だった。

あなたを通してあの子を見た。音楽を聞いた。

 魔法のヴァイオリンはいつも壊れた。

そのたびに悲しかった気持ちは、きっとあなたのものだった。

 

 

 

 

 

空の軌跡FC/空の軌跡SC

 

創の軌跡が出るので、空から再プレイしていくことにしました。

初めてFCをプレイしたのがPSP版の3rdが出る頃だったから、多分10年弱ぶりくらいだったんじゃないかなあ。閃のアレさの話をするときに空を引き合いに出すやつが嫌いだったからいつもの逆張りで自分の中の空の記憶にもだいぶマイナス補正かけてたんだけど、空、よかったです…………意味のないマイナス補正をかけていた分「え?え?うそ?」みたいなよさの裏切りも受けて…………

 

 

・PSnowで空の軌跡をプレイしたいと思った人が検索かけてこの記事に辿り着くこともあるかもしれないので書いておくと、PSnowのFC・SC・3rdは多分改じゃないです。タイトルには改って付いてるんだけど、高速スキップモードもなかったしPSP版だと思う。でも私はPCのPSnowアプリで遊んでたからもしかしたらPS4から接続すると改で遊べたのかもしれない。ストリーミングプレイはかなり緊張感があって、15分くらい操作しないと強制切断されるし回線が遅くなっても強制切断される。一応、切断まで1分くらいの猶予はあるのでそれまでにセーブができればなんとか。軌跡はイベントシーンも多くて長いのでセーブできず数時間分のデータが消えることも何度かありました……途中で音が出なくなったりね。ソフトは中古で安く買えるしPS3出すのがめんどくない人はそっちで、めんどい人はPS4のPSnowダウンロード機能で遊ぶのが一番いいと思う。

 

 

・FCはもちろんいいんだけど、それよりももっとSCがよかった。FCラストでヨシュアは記憶を取り戻してブライト家を離れるわけだけど、SC序盤のエステルの旅ってそのヨシュアの不在と、旅を続けたあらゆる場所に染み付いた子供時代を確かめる旅でもあるんだよね。SCは空の軌跡というゲームの後編にあたるのでFCですでに行ったことのある場所を巡るシーンもかなり多い。一本のゲームを前後編に分けて前編の素材を流用しながらコンスタントに新作を出す、軌跡おなじみの売り出し方を作ったのが空の軌跡であるけど、その一番いい頃の姿がありました。去った人を追う旅には、一度訪れた場所に違う状況で向かうからこそ作れる空気があるのだから。

 

 

・サントラアレンジや顔グラをブラッシュアップしたevolutionというバージョンも発売されているけどオリジナルに近いこっちにしといてよかったな~と思うのは、絵がめちゃくちゃいいから!表情のパターンが多いというのもあるんだけど、あまりにもそのあわいを捉えたエステルの笑顔が何度でもよくて何度もびっくりした。

 

 

 

 

 今の私には10年前とも1年前とも違うエステルへの思いがある。だいぶ年上になってしまった今少年少女の物語を読めばそりゃあ変わるでしょう、それはそう、その効果をより大きいものにしたのはオリジナル版のこの絵だった。

 

 

・SCのヨシュアがカプア一家と一緒に行動するの今読むとカシウスとの約束があったとはいえエステルとあんな別れ方しておいて単独行動するならまだしも別のお人よしどもを巻き込むのか……になる。カプア一家はそりゃあ脱獄中の犯罪者だけど没落貴族性が失われていないタイプの人たちだから結社的な悪では全然ないし……もしかしたら根本的なところでブライト家以外の人間のことどうでもいいのかもしれない。

 

 

エステルとクローゼが講堂のステージに並んで腰かけて、穏やかに普通に恋の話をするのとてもよかった。クローゼの話を聞いたエステルが、なんとなく気付いてたって全然驚かないのも、ライバルだねってならないのも、どうしようもないことがあるのは分かるっていうのも、どの場面にもひとつの大げさもなくて本当によかった。

 

 

・資料室でのハンスのセリフ。いなくなったヨシュアと過ごした一週間の思い出話。これもとってもよかった。「眠る前に今日あった出来事を話すだろ?」から始まるんだよ、それが当たり前の人なんだよね。眠る前に今日あった出来事を話すのが当たり前の人に、ヨシュアの心が惹かれないわけがない。たった一週間のことだったけど、間違いなくハンスとヨシュアは心を通わせていたんだよ……王立学園で展開される話やエピソードはどれも全部いい。

 

 

・「第6章 ~絆の在り処~」 最高

 

 

・軌跡にありがちなことでもあるけどSCはとにかくどいつもこいつもすぐビンタするのできつい。いつビンタが来るか冷や冷やしてるので山場にビンタが来ないだけで緊張からの解放で思わず最高って言ってしまう。それでいくとレンとエステルの関係って結構きついんだよね、二人が母娘構図にあることが原因なんだけど、ビンタした直後抱きしめたりとか、あんたには分かんない!て言われてけらけら開き直ったりするのとか、母娘を連想させられた上でやられるときついものがある。

 

 

 ・8章だるいです。方角バラバラの各地域で手配魔獣倒しながらサブクエ回収するだけの章。サブクエもNPCも無視してメインストーリーだけ追ってたから魔獣倒すだけの無の章だった。閃2夢幻回廊のだるさが100だとすると45くらいだるい。と書いてみると別に全然大したことなかった気がしてくるな。

 

 

・「終章 空の軌跡」 最高

 

 

 

 

 

空の軌跡、終わってみると空の軌跡としか言いようがない、最高のタイトル…

 ラストダンジョンも最高だったね……

 

 

 

 

ここが空の一番好きなとこだったなあって思う。のんびりしてるんだよね。こののんびり感が目の前で起きている女神の領域としか言いようのない現象への現実感のなさから来ているのが空の好きなところ。熱に浮かされるまま気付いたらこんなところにいて、それでいてまだ半分覚めてない感じ。

あとはやっぱり崩れる空中都市から落ちていくラストシーン! 取り残されて逃げ場もないのに「怖くない」って笑って抱き合い重力のままに落下していく。この怖くなさって決して諦めでも物分かりのよさでもなくて、無謀なんだよね。それがいいでしょ。だってこれは少年少女の話だもん。

 

 

 

 

 

 

 

 

空の軌跡the 3rd

 

コンパクトでサクサク進んでとってもよかった。モノローグもばしばし入る抑制のしかたもFD的な距離感でね。創もこんな感じでいいんだけどそうはならないんだろう。

一番好きなのはやっぱりねえ、煉獄……FCSCってそれぞれの個人的な話が噛み合っていった果ての空で最後、崩れ落ちる足場が一瞬二人を二人だけで完結させたんですけど、3rdってリースとケビンの個人的な話が他の巻き込まれてるメンバーにはあんまり関係ないんだよね。それは二人の個人的な話が過去にしかないからなんだけど。FD的というのはそういうところで、だから、煉獄で二人になってようやく誰にも関係のない二人だけの話ができて、それがやっぱりとてもよかったから、結局私は二人って単位が好きなんだよなって……

3rdは帝国編(のちの閃の軌跡)への種もたくさん撒いているので私の夢見た帝国編……となり悲しい気持ちになった。

 

 

 

 

 

閃の軌跡III/閃の軌跡

 

・「閃の軌跡 ひどい」とかで検索かけて出てくるブログとかアマゾンカスタマー低評価レビューに私の気持ち全部書いてあるしついったーでだいぶ悪口も言って今更ブログとして書くこともそうない。そう、低評価レビュー。閃の軌跡と言えば低評価レビュー、これを読むこと。変な話なんだけど本当に楽しくて、本編の苦痛に耐えられなくなったときや息抜きに開くとなぜだか、がんばろ!と次に進む気力を作れる。曲がりなりにも長期シリーズなのでもうしかたなしなんだよな、やってる方も。それなりにシリーズへの思いがある人が閃1・2に打ち砕かれながらもしかたなしにけれどもしかしたらとすがるように3・4をやってそもそもシリーズとして長すぎることへの不満、使い回しダンジョンへの不満、手癖しかない言い回しへの不満、事あるごとに挟まる飛ばせないムービーとそのワンパターンなカメラワークへの不満、絆システムへの不満、唐突な公式カプ化への不満、その他あらゆる不満を連ね「最後の一枚絵がよかった」と書き残して去っていくこの姿よ。モニターの前で疲れきった一人のプレイヤーの姿が見えるでしょう。それが私たちの見た閃の軌跡という白昼夢なのです。疲弊した心身が書かせた熱量のある低評価レビューをこれだけのまとまった数見られるタイトルに自分も同じくらいの時間をかけた例が初めてなので、そこも含めて閃を完走したって感じ。

キャラクターが喋らない箇所、移動とか戦闘とかはとても快適だし楽しい。ここがきつかったらやめてたと思うけど難易度も色々選べるし途中で変更したりもできるのでここが安定してる限りはずるずると軌跡との関係を続けてしまうんだと思う……騎神戦は無

 

 

士官学校を舞台にしたことがスケジュールという縛りを生んだなと思う。ここに自由行動(絆ポイントを消費して任意のキャラクターの好感度を上げる時間)が加わることで日の傾きも行動回数に紐づいてしまった。もうこんな時間なんだ、がなくなった。スケジュールが全体を管理していてそれに合わせて全員が動くので何が起こっても行程表が埋まれば学校に帰るし何が起こっていたとしても次の実習地に赴く。私が思う閃のつまんなさってこのへんなんだよね。これが1本のゲーム内で済む話であればまだいいんだけど、1では学生として、3では教師として、ナンバリングをまたいでほとんど同じ流れのゲームをさせられるんだよ。演習先でテロリスト達に襲われたりしてもどうせ学校に戻るんだよなって分かってるから消化試合にしかならない。学校から出ていく2と4は多少マシになるんだけど、日付スタンプや自由行動は消えないので拭えないスケジュール感があるんだよね。あと、4は結局2と同じなので……一本のストーリーを前後編に分割して前編の素材を流用しながらコンスタントに新作を出していく、のを軌跡シリーズは意図的にやっているらしいんだけど閃はさすがに分け過ぎたね。もう少し一本がコンパクトであればまだいいけど、サブクエやってNPCの話聞いてノート埋めて……をやってると普通に一本100時間かかる。バカじゃん。こんな時間食うゲームねちっこいシリーズファン以外の誰がやるんだよ。

 

 

・ハーメル三人目の遺児はびみょーーーーです。アッシュはまあぷにぷにした反抗のツノを出すかわいいやつだけどもう触って欲しくない領域というのがあるでしょ。それは時間とともに動かしがたくなっていくものだから。しかしながら新7組の面々はいいこでかわいいので、煮え切らない反応してしまう。

 

 

・メインストーリー部分…………千の陽炎はなんの対抗策にもなってなくない?とか相克とかいう茶番システムへのイライラとか細かくは色々あるけどほんとに色々あるけどそれはアマゾンカスタマーレビューに任せるとして、絆システムのことを少し……

 

 

 

 

私の零から閃4序盤までの絆への感情はこんな感じ。

なかったことにっていうのは閃4のミリアムですね。これは相当ひどいと思った。閃の絆イベントって一応エンディングがあって、異性とは恋愛関係に至れる。私はミリアムを選んだことはなかったけどミリアムともナンバリング過去作では恋人になれたらしい(次のナンバリングで関係はリセットされます)。で、なぜか4で絆イベント非対象になった。そしてなぜかこれまで影もなかった他の男性キャラの相手になって完全に公式カプ化した。碧やってたとき、ファルコムカップリングのことをしっかり考えたうえで絆システムを採用したんだなあと考えてたので叩かれがちな絆システムのことも擁護の姿勢を取っていたんです。でも閃4のこれはひどすぎて4ですっかりアンチ絆システム派になってしまった。公式カプやりたいならカップリングシステムなんか入れたらだめでしょ、それくらい分かっててそれでも採用し続けてきたんだと思ってたのに。

ただ、軌跡の絆イベントって必須イベントでもあるからこなさないと先に進めない。本編には出てこないそのキャラクターの大事な話も聞けたりする。やらなきゃ進めないしどっちにしろやっといた方がいいイベントではあるんですね。旧7組のことは卒業後疎遠になっていった元同級生たちのお互いどこかよそよそしくなってしまったことをまだ受け入れきれてないよくある距離感でしかないのに周りの人間が「さすが旧7組の絆はうらやましいほどに輝いてる」とかすぐ持ち上げるのを何となくいけ好かない気持ちで聞いていたので絆対象からは大半を除外して主に新7組たちの絆イベントをこなしていました。子供たちはかわいいので。それでこう、進めていると、なんかほんとにだんだんかわいくなってくるんですよね。一人一人が。ちょうどファルコム異性愛にきもさを感じていたところだったので、旧7組の恋愛イベントのくっついた皮膚と皮膚が離れるときの肉体が軟体になってぎりぎりまで相手のぶよぶよに吸い付いて後引く感じのきもさに泣きそうになってたけど新7組たちはみんな若いからだろうか、爽やかなの。桃の天然水みたいな……ミュゼだけちょっとねっとりしてたけどでもジンジャーエールくらいのものだったよ。それで本編進めながら必須絆を消化しているとだんだん本編ががたがたに崩れてくる。これは主に相克のせいです。相克についてはアマゾンレビューでも読んどいて欲しいんだけどとにかくこの相克が最悪で、そうするとそれまでしかたなしにせめてマシな方を選んでただけの絆イベントが急に輝きだすんですよね。相克という単なる茶番システムに利用されていることにもリィンたちは怒らずむしろその土台に乗っかりながら「みんなのため」を合言葉に動く。そんな、本編のお利口さに反するように絆イベントではリィンの持つ空虚や各キャラクターたちの我が書かれる。私の絆イベントへの思いは相克とともに動いていった。

 

 

 

 

 

これはエマの絆イベント後、結構いいじゃんになっているわたし。エマはねえ、旧7組なんだけど絆が全部よくて好きでした。ねとねとしたとこなかったし……

結局私は最終絆はミュゼと結んだんですけど、もうまさかって感じだったね。最終絆結ぶこともそうだし、それをしかもミュゼに?っていうのも今でも全然腑に落ちてないんだけど、自分のタイムラインを見ていると順調にミュゼだな……て思う。

 

 

 

 

 

本編ではそんな素振りないのに絆イベントになると担任だる感出すんだよ~かわいいでしょ……

 

 

 

 

 

 

 

 

このへん最終絆イベント見てたとき……もうだめだとおもった。

「~させてもらう」っていうのは、閃のキャラクターたちがなんか行動するときに口にしがちな口癖でもっと言うなら単なる書き手の手癖のやつ。閃ワードと呼んでいます。格上の相手と戦うときに「届かせてもらう!」演奏を聴きに行くときに「聞かせてもらう」見極めるときに(見極めるも閃ワードのひとつ)「見極めさせてもらう!」というふうに使われています。軍人的な持って回った大仰な言葉選びや一歩引いたような謙虚な喋り方を意識してこうなったんだろうと思う。謙虚か?

まあ、という前提があって、このミュゼ最終絆イベントではリィンが「~させてもらう」をやめて「~したい」って言うことに注目したい。400時間のプレイ時間中でリィンがこうして「~したい」ってはっきり言うことって滅多にないことだったんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

閃4は分岐エンドを採用していて、ノーマルエンドとグランドエンドとの二種類が用意されている。ここでのツイートは、リィンが自分を犠牲にし敵もろとも宇宙へ飛び立っていくノーマルエンドについて話したものです。自分の命の使いどころを探してやっと死地の場所を見つけたリィンのその行動が一人の女の子をきっちり傷つける、擦過傷みたいなエンディング。

 

ノーマルエンドのミュゼは「諦めない」って約束は守られないことを知ってたんだと思う。ミュゼとリィンの「諦めない」って最初からその意味がすれ違っていたんだよね。ミュゼは、リィンのこういう刹那的な行動を含めて「諦めない」ことを約束してと言ったんだけど、リィンの言う「諦めない」はそこに自分を含めないものだった。でもそれってミュゼもそうだったんだよ。小さな銃をお守りに、命の使いどころを見定めてた。

 

ただでは転ばないミュゼなので、命を駒にするときに何をどこまで道連れにできるかはずっと考えていた人なんだよね。リィンとミュゼの考えることが一致したのがノーマルエンドで、ミュゼは、どうしてリィンがあんなふうに晴れやかに死地に向かうのか、あの場にいた誰よりも分かっていたのだと思う。千の陽炎が唯一の対抗策だった世界があったのなら、晴れやかに死地に向かうのはリィンではなくミュゼだったはずだ。

 

ミュゼにとっての「諦めない」ための最後の一線だった小銃を取り上げたのは他でもない、リィンだった。ミュゼの絆イベントはミュゼが小銃を手放すまでの、ミュゼの言う「諦めない」の意味が変わるまでを書いたもの。変わらなかったのはリィンだけで、ミュゼはきっと、約束の言葉に込めたその意味の判断をリィンに委ねたんだろう。それら全てが、やっぱりなあって溜息とともに吐き出される、「ひどい人」なんだ。私から自決の手段を取り上げておいて、私をあんなふうにたしなめておいて、簡単に約束なんてして、全然理解もしてないで、簡単に破って、最後なのに一言も声をかけない、ひどい人。きっと、ミュゼがミュゼ自身に吐いた言葉でもあった。最後に声をかけないのはミュゼも同じだった。

 

ミュゼとリィンの顛末として、私はこのノーマルエンドのことがとても好きです。でもミュゼが傷ついたことは事実だから、ミュゼのためを思うとやっぱり最終絆相手にするのはよくなかったなって思う。でもミュゼかわいーから……欲望に勝てなかった……ごめん……はあ、好き。

 

まあでもねえ、ミュゼはねえ、リィンのいない日常を周りの方が心配するくらいに一番平然と生きていきそうじゃない? そういうところが好き。

胸が痛む夜を、誰にも教えてなんかやらないんだろう。

 

 

・閃のサントラだとこれが一番好き。こういうのばっかり好き、私は。

 


Sen no Kiseki IV OST - Lyrical Amber

 

 

・もう少しいろいろ書こうと思ったけどミュゼの話したら満足してしまった。閃4は絆イベントがなかったら本当に100時間の無に終わってたから私はこれからも絆イベントを肯定し公式カプを否定していくことにします……軌跡との付き合いがまだまだ続きそうなので……

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな感じでした。

 

 

 

 

今は8月の創に向けて零の軌跡改をぼちぼち進めているところです

でももうすぐ遙か7が出るから発売されたらそっちに移る〜

 

創とは別に8月までにやっておきたいこともある……ってタイプして気付いたけどもう6月じゃん。早すぎる 泣いてしまう

 

なんとかがんばります