「Cendrillon palikA」感想 魔法<呪い>から覚まされて

 

 

 

(2019.3.10 クリア)

 

f:id:mimiura:20190719233900j:image

 

 

主人公:玻ヰ璃[ハイリ]=ラリックさんのツイートじみた一人喋りがたまに光ってそれを頼りに……頼みに、私も駆けることができました。

 

玻ヰ璃[ハイリ]=ラリックさん、私の四代前のついったーアカウントのタイムラインに大学生アカウントとしていてもおかしくないんだよな。ぼんやり繋がりお互い何回目かの転生でいつのまにかどこにいるか分からなくなってるタイプのアカウントのにおいがあるよ。

フォロー被フォローともに300〜400くらいだけどタイムラインはあんまり読んでなさそう。

like(fav)はコミュニケーション。

インターネットに自意識を置いてないので創作実話・注意喚起漫画その他諸々特有の気配のあるツイートも普通にお気に入りしてそう。

そんな仄かな健全さ(?)もあり、なんというか感じがよかったです。ハイリちゃん。あとでスクショ貼る、あんま書くことないしね……

 

そう、Switch、現行の全ての家庭用ゲーム機の中で最も手軽にスクショが撮れるということと併せて「Cendrillon palikA」はニンテンドーSwitch初の完全新作乙女ゲームタイトルだったということは書いておかなければ。

なによりもそれが先に来てしまって発売直後の時期を逃してしまうと取り立てて選ぶ理由がない感じのゲームだということも……

私も歴史を自分に刻みたくてやったみたいなとこあるからおとぱ二日目夜公演の観客のぽかーんとしたあの感じにも何も言えない……

 

 

 

 

公式推奨攻略順通り進めると一番きれいに繋がるなあと思う。

 

ガラスの天井に覆われた街は呪われていて、その街に生まれた人もまた呪われている。

外に出るためには何かひとつガラスで出来たものを身につける必要があり、0時を超えても門の外にいた者はその体がガラスになり苦しんで死ぬことになる。

呪いを受けて数百年、時間と街に縛られて生きてきた住民の内の一人であるハイリちゃんの前に魔法使いを自称しカシカと名乗る人物が現れ、街の呪いを解く方法を授けられるところからお話は始まります。

 

「街の呪いを解くために誰に協力を求める?」→キャラクター選択 でルート分岐していくことからも想像できるように、どのルートも呪いを解くことを目的に動き、最終的にはハイリちゃんと任意の攻略対象の二人によって街の呪いは解かれて終わる。

 

解かれ方は様々で、決定的な行動の前には必ず選択肢による分岐と誘導があるので、「これを」したから呪いが解けた、は齟齬なく明確に繋がるようになってる。

 

 

唯一それがぼんやりしているのがクロネルート。

 

中盤以降、このルートのハイリちゃんだけは、街にかかった呪いなんてそっちのけで、クロネひとりのためだけに動くのです。

 

自縄自縛に陥っていたクロネの過去からの解放が最後を飾り、街の呪いより先に、彼が彼自身にかけた、目には見えない個人的な呪いが解けていく。

 

公式おすすめの初回攻略キャラクターであり、多くの人にとってもきっと初回ルートにあたるクロネルートをここまで進めていく中で、この時点で何となく、80%くらいの感じで湧く、カシカは何か隠しているのでは? ていうか何かやってるのでは?なんですけど、まあ概ね予想通りでやってるのはカシカなんですが。

 

画策し、謀り、人を操ろうとしていた元凶の自称魔法使い。

それがちゃんと明かされるのはまだ少し先でのお話で、クロネルートラスト、この時点においてはまだ疑惑の自称魔法使いであるカシカがどこからともなく二人の前に現れる。

 

幸せかと問う。

迷いなく、幸せだと返される。

 

それを聞き届け、カシカが二人に背を向けその場からいなくなったのとほとんど同時にガラスの天井は砕け、街にかかった呪いが解けていくのです。

  

と、こんな感じで、何が呪いを解いたのか?の因果が一番見えないルートがクロネルート。

 

これが初回推奨ルートっていうのもあって余計に分かりづらいんだけど、80%くらいの感じで何かやってるのでは?のカシカが消えたら呪いが解けたなら、カシカが再び何かをやったのか、何かをやめたのか、いずれにせよ呪いの起点も終点もカシカが根本に関わってるんじゃないのかなあ。と、80%の疑惑が95%くらいになる。

 

そして、こういう呪いの解け方をするのはこのルートだけなんだよね。

他のキャラクターのお話を読んでいくとクロネルートだけが例外であったことに気付く。

気付いてしまうと気になってくるのは、なぜクロネルートだけがこうだったのか?

クロネの何がカシカを動かしたのか?

 

 

クロネとカシカは似たものを持った二人でもある。

おとめげーむというジャンルにおいてわりと鬼門とされる、過去の恋人・想い人設定(昔は遊んだけど今は主人公ちゃんというほんものの愛を見つけました的な許されがちなやつでなく、主人公ちゃんとするような恋愛を過去にしていて今でも引きずってますというような、ほぼほぼ許されないタイプのやつ)もあるし、言及もきっちりされるし、それらが失われたことが今の二人の行動や考え方を縛っているし、エンディングを迎えても一番大切な記憶としてそれぞれの中に保たれ続ける。

 

理不尽な出来事により大切な人を亡くしたこと。

今でも醒めない後悔や憎しみから、クロネは自身に呪いをかけて、カシカは街に呪いをかけた。

 

ガラスの呪いで大切な人を亡くしたクロネは、呪われた街の人間は嫌いだって言う。

弱いから簡単に死ぬって。

これに対してハイリちゃんが、「この呪いは生まれた時から私たちの一部で、生き方だから、そんな風に否定しないで欲しい」と返す、このシーンが私はとても好きです。

こうやってハイリちゃんが言葉にして伝えたから、似たような境遇にあった元凶に響いたのだろうと思う。

 

時間とルールに行動を制限されること、門の外では常に死と隣り合わせであること、帰る時間を気にせずに自由に門の外へ遊びに行きたいと心から思うこと。

恨みも悲観もそこにはなく、相反せず一人のひとの内にあったこと。

 

カシカにとって呪いは復讐のための道具でしかなかった。

そんな呪いを受けて生まれてきた人間が、それは自分の生き方だと当たり前のように言うことは、カシカに何をもたらしたのだろう。

クロネルートで呪いが解ける理由は結局最後まで明かされることはないのだけど、私はやっぱり、解呪を行なったのはカシカだったと思う。

それが、カシカの解放に繋がったのかは分からない。

街ひとつを数百年縛る呪いを実行しておいて、代償なしに解くことができたとも思えない。

まっさらな、少しも曇りのない晴れやかな気持ちで行ったわけでもないだろう。

このときのカシカのこの、このあたりの気持ちを思うと、わ〜〜ってなる。

 

カシカの目的は、大勢を道連れにすることではなく、訴えること・分からせてやること、にあったのだと思います。

カシカにとって呪いは一つの意味しか持たなかったけど、他の人にとってはそうではない。

ひとつの事象に対して、人の数だけ意味があって、捉え方も変わるなら、訴えたかったことなんて永遠に伝わらない。

諦めだったのかもしれない。

失望だったのかもしれないし、

ようやく差した光明だったのかもしれない。

解放ではなく破壊だったのかもしれない。

生き方であり一部である、かつて自分が呪いと名付けたものを自らの手で壊すことで、ようやく終われたのかもしれない。

去っていく後ろ姿のその足取り以外何も語らなかったカシカのことは、カシカにしか分からない。

 

クロネに始まりカシカに終わること。

『Cendrillon palikA』は、「ハイリと任意の攻略対象たちがどのように呪いを解き生きていくのか?」の中に忍ばせられた、「なぜカシカは呪いを解いたのか?」を探るお話だった。

あの日呪いを解くことを決めたカシカを形作った、ピースのひとつひとつを取り外しながら確かめていくような、すでに完成しているジグソーパズルを解体していくような。

そんなお話でした。

 

……そしてこれは余談というか、の話で、カシカみたいなポジションのキャラクターって個別ルートがつくと最終的にがっかりして終わることが多い……てゆうか私がそれなんだけど。

それに対して、このゲームが行った、最終的にはクロネルートでのカシカの去っていく足取りへ思いを還させていくような全体の構成はありがたかったなあと思う。

 

 

 

最後に、私のふぁぼろぐ(ニンテンドーSwitch本体内スクショアルバム)から厳選したハイリちゃんのベストツイート4選を貼って終わりたいと思います。

 

 

f:id:mimiura:20190719233140j:image

 

「……うん。やっぱりここは玻ヰ璃的ベスト5に入る絶景だな。

すごく綺麗だし……」

 

タイミングの問題で半目の状態でスクショしたことが逆に味になっている。

ついったーのようでそのものではない、天とかそういうものに向かって話しかけるような含んだ言い方がいい。

 

 

f:id:mimiura:20190720092855j:image

 

「紫鳶さんが来るまで、

この可愛い花を愛でていよう」

 

1枚目と連続するセリフなので併せて読みたい。

こちらは完全についったー。というかついったーで見たいタイプのつぶやき。

同じ花が一面に広がって大きな景色になってる光景を前に、でも私はこの場にしゃがんでその中のひとつを可愛がろう……端の切れた花弁に気付き見つめよう……

極力、世界を小さく小さく切り取って、あなただけのものにしたものを見せて欲しい。

地面へと近付く視点への愛がここに。

 

 

f:id:mimiura:20190720100913j:image

 

(頭がいい人でも、

糖分が欲しくなることってあるんだ)

 

ちょっとよく分からない。

顔が、「素」って感じでいいですね。

タイムラインなじみのよさそうな一言。

 

 

f:id:mimiura:20190720101404j:image

 

「泣き方は、大人になっても

変わらないんだね……」

 

はいきた感慨オタク脳直ツイート!!!

徹夜でアニメ見た朝方にはたらかない頭でこれを送信し直後すぐスマホ片手に寝て欲しさがある。

ハイリちゃんは最高、お願いだから今すぐついったーやって…

 

 

という感じで、ハイリちゃん、天性のお喋りという感じできらきらしてました。

やっぱりハイリちゃんあってのゲームだったなと思います。

4/2のこと

 

 

うさぎが死んだ。

1日の22時頃、気付いたらぐったり動かなかった。ケージからタオルを敷いたキャリーの中に移してくるんで、その日は私もベッドではなく布団を床に敷いて寝た。じっと見つめているとうさぎの胸がわずかに上下しているのが分かって、いつでも確かめられるように、枕元にキャリーを置いた。

2日の5:30に起きた。最後に見たときとは違う姿勢で、もう少しも動かなかった。思ったほど体は冷えてなくて、ああでも毛のせいかな。背中の毛が厚くて、柔らかくて、まだ少しあたたかかった。生きているのでは、というよりも、明け方まで頑張っていたのかなあと。そのとき。

女の子だった。

色々な事情でうちにいた。

うちには昔もう一匹うさぎがいて、二年前に死んだんだけど、その子にはとにかくべったりくっついてたな。

人間は嫌いで、触られるのを嫌がった。

掃除や病院なんかのやむを得ないときの、ほとんどタオル越しにしか触ったことがなくて、今朝亡骸を撫でて始めてこの子の体の小ささとか柔らかな毛の分厚さを、手のひらで知った。

病気や老衰で限界のペットの最後を看取るときに体をずっと撫でてあげるとかそんな話をよく聞いていたけどあれはペットと飼主に相応の信頼関係があってのことだったんだなぁ。最後に触れる手を許してくれるのも、最後に触れる手を許せるのも。あの子はもう、暴れる元気はなかったけど、背中を撫でると一瞬目を見開いて小刻みに震えるから、それからは、見ているだけだった。

2日の12:00頃、会社でiPhoneのアルバムを見ていた。黒くて大きな目がかわいい。箸置きの箸みたいに揃った耳。まるい背中。こんなことをどこに書けばいいか分からない。ここもやや違う気はするけど。

 

f:id:mimiura:20190403000353j:image


f:id:mimiura:20190403000344j:image


f:id:mimiura:20190403000349j:image

 

ちいさな体でがんばった

二匹が不自由なく跳ねて、眠れる、天国はあって欲しいです

 

「絶対階級学園 -Eden with roses and phantasm- 」感想 幕が上がればもう戻れない

 

 

f:id:mimiura:20190104194634p:plain

 

 

 

(2018.12.19  クリア)

ハムレット、オフィーリア、黒い絵、聾者の家、マザーグース、黄いろのトマト、ジキルとハイド、王子とこじき……ぱっと思いつくだけでもこのくらいの、塗されたキーワードとモチーフはこうして並べるとどうしても節操がないように見えてしまう。

 

ゲーム本編中にひとつひとつ聞き集めているときですらも少し過剰に感じてしまった「別の誰か」たちの物語は、『散りばめられた』でも『放り込まれた』でもなく、『塗された』というのが一番合っているんじゃないかと、全てを開いた今となっては思います。

 

 

絶対階級学園というタイトルで示されているように、いわゆるスクールカーストものの要素があり、階級制度が導入されている学園に主人公が編入してくるところからお話は始まります。

 

階級は三つに分けられており、それぞれ名前が、

 

「咲き誇る薔薇」

「名もなきミツバチ」

「捨て置かれた石ころ」

 

上位が薔薇で下位が石ころですね。

主人公の最初の階級はミツバチ階級で、個別ルートでそれぞれ石ころ階級ルート、薔薇階級ルートに分岐していきます。

どちらのルートもとてもいいんですが、主人公である藤枝ネリが編入当初の学園の外の感覚を失わずにいられれば石ころルート、学園側の意図に染まっていけば薔薇ルート、という分岐をするため、薔薇ルートの展開は特に多彩で、ネリちゃんの考え方や行動も元々のネリちゃんの性質そのままに環境に抑圧され徐々に歪みとなっていくパターンがあれば別人みたいに溶け込んでいくパターンがあり、ようやくできた友達を失わずにいるためにしがみつくしかなくなるパターンもあり、5人分それぞれにそれぞれの痛々しさがあって先を読まずにいられなかった……おもしろくて……

 

で、まあ、そんな薔薇ルート含め各ルートにエンディングはハッピー/バッドエンドともにかなりの数用意されていますが、全部が明かされるエンディングに繋がるのは石ころ階級ルートのみです。

 

珍しい点として、各キャラクターに真相ルートが用意されていること。

グランドエンドとかオーラスエンドとか、ああいうやつです。ああいうのって、(あるとしたら)一本のゲームにつき一ルートっていうのが普通なんですけど、このゲームの場合全員にそれがあるんですね。

ただ、大きな落とし所が変わるわけではないので、真相ルート自体の基本的な筋立ては全て同じようなものになってます。 この、ほとんど同じっていうのがねえ……狭い特別に固執したり敵視したりしていた人たちを一人一人見送りながら、重ねていくごとに鈍く痛むようでした。そこまで剥いで横並びにしてしまうんだっていうのもあったし……

 

 

スクールカーストものって私、この作品に限らずなんか妙に外側にいる人の視点に立ってしまって見ていて気恥ずかしくなってしまうんですけど、そしてそういう人は割といるんじゃないかなあと他のスクールカーストもの作品の感想などを見ていて思うんですけど、この作品はそういう、外の感覚も利用して真相ルートへのブーストをかけていく。

 

絶対階級学園というタイトルと三つの階級の名称、飾り立てられた多くのモチーフを初めて目にしたときの気持ち、その、最初の感覚をどうか忘れずに進めていってほしいなあと、これから先このゲームを始める方々の存在というものを想像し、祈るような思いで書いています。

 

 

その先にある誰かの切実な願いの形、みじめで、滑稽で、気恥ずかしくいたたまれない、ちいさな誰かの真摯な願いを、その形を、どうか確かに掴まえてほしいのです。

 

 

 

 

 

各個別ルートについて

 

 

 

 

 

 

ネタバレあります。

 

 

 

 

 

鷹嶺陸

 

 

「一番かわいそうな王子様」とは、ショウの言葉。

 

表メインキャラとのことです。

読み進めていくとなんとなくオチの方向性は見えるようになっているので基本的に真相ルートでショックを受けることはなかったんですけど、陸ルートだけはつらかった……

食べると生きる以外に割く時間なんてないような生活の中で別の誰かの物語を読むことが支えだった小さな陸の幼い空想の具現こそが「絶対階級学園」なのです。夢のようだったろうね……

 

陸の石ころ/薔薇ルートは、階級の移動によるネリちゃんの変化よりも、陸の階級制度への意識の変化の方が重たいように思いました。

石ころルートでも薔薇ルートでも、どちらを選んでもどちらかに転がれるような。

大きな環境の変化よりも、瞬間的には意味を持たないその場その場の小さな選択の積み重ねが石ころルートの結末を生み、薔薇ルートの結末を生むような。

 

 

薔薇ルートで一番印象深いのが陸の部屋に対するネリちゃんの反応。

 

陸の部屋って基本すごい散らかってて、その散らかりように石ころルートのネリちゃんがたまらず掃除をしてしまうというシーンが何度か繰り返される。

背景も、散らかった部屋と片付いた部屋とちゃんと二種類用意されています。

 

石ころルートのネリちゃんは陸の部屋を見た瞬間まだ声にはしないまでもモノローグでその汚さに驚くんだけど、薔薇ルートのネリちゃんからは一言も陸の部屋の散らかりように対してコメントが出ることがない。

陸に対してはもちろんのこと、モノローグでも触れない。

気付いてすらいないのかもしれない。

 

薔薇ルートのネリちゃんと陸は、散らかった部屋で紅茶を飲みます。

乱雑に放られた本やボードゲームやいつ着たか分からない服を適当にはらって床に落として、きっとそうして作ったスペースで、きちんとティーカップに淹れた紅茶を飲みます。

茶渋で汚れたティーカップが積まれ、床に落とされ、新しいティーカップがまた積まれることでしょう。

 

汚れた部屋に人を招くことに疑問はなくとも『お客様』にはきちんとティーカップでお茶を出すことはする。

薔薇ルートで一番、背筋が冷えるような怖さを感じた描写でした。

 

 

 

鷺ノ宮レイ

 

 

《スパンコールのドレスで頼りなく震えてた 愛がなくても怖くないなら キミのためにならないけど 可愛がってあげるよ  / TOY DOLLー the pillows

 

 

イメソン引用から始めてしまった。

 

裏メインキャラ、というのはなるほどという感じで、

一人のままどこかの誰かの物語に憧れて理想の舞台を踊り続けたのが鷹嶺陸なら、

一人では耐えられずもう一人の自分を生み出し舞台の方に自分を最適化させたのが鷺ノ宮レイでした。

 

そしてこの、もう一人の自分というのはネリちゃんとお姉ちゃんを結んでいたものでもあるんですよね。

もともと私は『もう一人の自分』という概念そのものが好きなので、レイのルートも全編通してやっぱり好きでした。

特に薔薇ルート。the pillowsのTOY DOLLが性癖ですぐ認定してしまうんですが、薔薇ルートバッドエンドのレイね、これだった。完全に。本当だって。

 

 

VFB記載のライターさんによるレイへのコメントで「レイは自己肯定感が低いのでワガママな陸に振り回されることで救われていた面もあるのかもしれませんね」みたいな言葉があって、レイの薔薇ルートを思い出してしまいました。

 

レイ薔薇ルートのネリちゃんも自分に自信がない子です。

上位の階級に馴染めないコンプレックスを抱えながらそれでも溶け込むために必死で、何にでも手を出し、騙され、嘘をつき、嘘が嘘を呼び、後戻りできないところまで追い詰められてしまう。

自分と似たものを持つ、自分と違ってひとつも上手く出来ないネリちゃん。

もう一人の自分。

 

 

薔薇ルートはハッピーエンドでのレイのセリフも好きなんだよねー。 泣いちゃう。

 

 

「聞かせてくれないかな。 君の話。 それが終わったら、今度は僕の話をしよう」

 

 

 

七瀬十矢

 

 

一番つらかったのは陸の真相ルートなんですけど、ひどい……て感じだったのは十矢の真相ルートだったかなあ。

 

階級制度に疑問を持っておりレジスタンスを結成して抵抗している……というキャラクターなんですが、そもそもこの学園自体良家の子女だけが入学を許されており、十矢の父親も政治家だったりして、レジスタンスの活動も十矢の学園での振る舞いもどこか余裕があるんですよね。

頼れる実家があって最後は助けを求めようとする。

それは十矢だけではないんだけど、後ろ盾があってこその囚われない自由でもあった(ように見えた)十矢だったからこそ、真相ルートの展開は見ていてしんどいなあ……でした。

薔薇ルートハッピーエンドのネリちゃんの、執念にあやうさがなく芯が通っているとこが突き抜けてるなあって、好きです。

 

 

 

加地壱波

 

 

どうでしょう……どうでしょうか……私はちょっとこのライターさんと合わないかな……という感じでしたが……

 

何だろう、一番分かりやすいルートではあった。自分の心を守りたい、だからこの人に優しくする、だからこの人を切り捨てる。その時々の状況に合わせてその二つの間で揺れながらバランスを取っている。今の立場を守りたいだけだったらまだよかったんだろうけど。

 

こういう、保身に走る割に徹底しきれない人に好感を持つのは私には難しかった……

好感の持てない人が好感の持てない理由である『でも』と『やっぱり』の間で一進一退するような内側の揺れ動きがメインで、そもそも好感を持ってないのでどうでもよく、そこでもうちょっとつらかったんだけど一番微妙だったのは石ころルートのオチの付け方。

これさー、新聞部部長の女装趣味を暴いて失脚させてハッピーエンドっていうやつ、これもうがっかりでしょう。発売当時でも絶対同じこと思ったよ。

このハッピーエンドにショウが協力するのもやめてくれって感じでした。

 

顔のあるモブキャラがとにかく多い絶対階級学園ですが、私が一番好きなモブが壱波ルートにて登場する拾井マキさん。黒目がちのタレ目につんとあがった顎、不敵に眠たそうな声がなんだか気になる印象的な女の子でした。

 

 

 

五十嵐ハル

 

 

あーーーーーーーーあのね。

 

あのね。

 

あの…………………………………………………………………………

 

め…………………………………………………………ちゃすきです…………………………

 

フルネーム打っただけで震えてしまう…………心が………………………………………

 

 

はあ。

 

 

あーもーねえ、お話自体も、嫌だなあってとこがひとつもないし、ていうか好きだし、文章もきれいだなあって思うし、顔がかわいいし、ちょっとぼーっとした声のトーンがよくて、とにかく…………とにかくすき…………このひとを構成する全てがすきです…………それ以外に言葉いる? もうだめ。

 

 

 

 

一番最初に攻略したキャラでした。

 

なので、後々まで分からなかったんですけど、石ころルート分岐点でのネリちゃんってハルのルートだけセリフや展開がやや違うんですよね。

大きく変わるわけではないんだけど、でも、些細な、大事な変化をし、個別ルートでの展開に影響と説得力を与えるところがハルの個別ルートを好きな理由の一つです。

 

 

階級移動が発表される女王のお茶会、その二回目でミツバチ階級から石ころ階級へ、もしくは薔薇階級へ移動させられることから各ルートへの分岐をしていきます。

石ころ階級への移動が決まった場合、それまで仲良くしていたミツバチ階級の友人や壱波から冷たい言葉を投げられ、出自をばかにされ……そこでどういう行動を取るか、怒るのか諦めるのか、ここでの選択肢は数種のエンディングの分水嶺のひとつになります。

 

藤枝ネリがここでちゃんと怒れて、その怒りを伝えることができる人間のままでいられたからこそ石ころルートは真相ルートに繋がるのですが、ハルのルートに限っては怒るという選択肢が存在しない。

ハル石ころルートにおける藤枝ネリは、ひどい言葉で自分を中傷するかつての友人に向かって手を差し出し、いつかまた友だちになりたいと笑うのです。

 

陸、レイ、十矢、壱波の石ころルートのネリちゃんは線を引かれても譲らず踏み越えてでも啖呵を切ったのに対し、ハルの石ころルートのネリちゃんは引かれた線から更に一歩下がってそこから手を差し出します。

差し出すための後退だったのだろうそれは、相対するその人の方から踏み越えてくれることを要求するようで。

そして、だから、届かない。

 

 

ハルの個別ルートは、他のキャラクターの介入が少なく、階級移動で仲違いする友だちとの関わりが唯一そこでぷっつり途切れてしまうルートでもあります。

他のキャラクターにはそれぞれ用意されている、特定のキャラクターの個別ルートを大きく動かすサブキャラクター、これもいない。

 『二人』なんです。

ネリちゃんとハルが深夜に学園内を歩くシーンがあって、そこでのネリちゃんのセリフに、「世界に二人きりみたい」というものがあるのですが、このシーンに限らず、ハルの個別ルートではとにかく『二人』が強調されます。

執拗にいじめられたり雑用は押し付けられるものの代替の効く、いてもいなくても大差ない、だから孤立にすらならない、それこそ「捨て置かれた石ころ」の名の通り道端の石ころみたいに、誰からも見つけられない、慮られないただの『二人』として書かれる。

この、深夜の学園内を歩く二人のシーンは特にそうですね。

一文引くと、

 

 

頭上では、砂場で光る石英のように星がチカチカと瞬いていた。

 

 

これ!

もう、これさ……誰にも気にかけられることのない石ころ階級である『二人』が夜空を見上げるシーンで砂場で光る鉱物に星を例えるってこんなの、もう、最高すぎるでしょう……

近付いて砂に手を入れてよく見てみないと気付かないような、小さな特別……でも、見つけようと近付いて、触れて、そしたら案外たくさん見つけられる、ありふれた特別……

 

 

そう、五十嵐ハルは、見つけられる人なのです。

 

 

絵描きの父親を持ち小さい頃から絵を描いていたハルは今までも今もずっと絵を描いて過ごしています。

そんな、先入観や他人の言葉を取り払って自分の目に映るものを紙の上に表現する絵描きの目を持つハルにとって学園の虚飾は虚飾でしかなく、序盤の時点ですでに「同じ生徒だ」と階級制度を一蹴しています。

 

他の攻略対象たちはどうだったかというと。

 

例えば、十矢。十矢は誰のどんなルートにも大体登場するし気遣いの言葉をかける人なんだけど、自身の薔薇ルートで薔薇階級の制服を着たネリちゃんに対しては面白くなさそうにする。階級制度なんて下らないと言いながらも薔薇が敵で石ころは仲間、そんな意識を捨てられずにいる。

 

階級制度に疑問を持つことすらない陸やレイは薔薇階級に移動してきたネリちゃんを歓迎し、当然ネリちゃんも喜んでいるだろうと考える。

 

多くのミツバチ階級の生徒と同じように薔薇階級に憧れる壱波は一人一人の集団での立ち位置に最も敏感で器用に調整し立ち振る舞う。

 

ハルだけが惑わされないのです。

変わらないでいてくれるのです。 

見つけてくれるのです。

踏まれるだけの地面に近付いて、小さな鉱物の欠片を見つけることができるのです。

そんなハルの澄んだ視界は、学園にも制度にも馴染めないネリちゃんの視界でもあって、それが意味するものは、藤枝ネリという人間がいかに孤独で不安だったか、に他ならないのでした。

 

 

藤枝ネリの孤独感。

ハルの個別ルートではお話を大きく動かすようなサブキャラクターの存在はない代わりにこの、ネリちゃんの抱えた孤独と不安が大きな要となっていきます。

 

実家が燃え、父親が失踪し、離島の学校へ編入することになり、出自をばかにされ、せっかくできた友達を失い、制度にも学園にも馴染めず勉強にもついて行けない、いつまでも妙に浮いた存在として、いつになるのか本当に来るのか分からない迎えを待っている……途方もない孤独と不安の毎日の中で、どこでどんな出会い方をしていてもきっと今と同じように接してくれていたと思える人が同じ教室で一人でいたことはどんなふうに彼女に響いただろう。

 

ネリちゃんの境遇はどのルートでも変わらないのだけど、あのお茶会で引かれた線を踏み越えて怒れなかったこと、自分から手放す覚悟を持てなかったこと、衝突を恐れ失うことを恐れたこと、相手に委ねてしまうずるさが、薔薇ルートではわだかまりとして歪みを生み、石ころルートではたったひとつ、たったひとりへと、まっすぐ気持ちを向かわせていきます。

 

 

 

◼︎石ころ/真相ルート

 

 

ハルの記憶の底にある水への恐怖心とその克服を中心に、過去を紐解いていくのがこのルート。

共通ルートでハルが見せてくれる、いくつかのなぜか惹かれる好きな絵のひとつ、ミレーの「オフィーリア」をモチーフとして展開していきます。

ハムレット」に関しては壱波のルートでも取り上げられ、壱波はハムレットに重ねられるのですが、ハルに重ねられるのは絵画の、オフィーリアなのです。

 

石ころルート中盤、「昔から水辺が怖かった」と語るハルが、池に落とされて気を失ってしまうところからハルの水恐怖症が深刻化します。ここの、浅瀬に浮かんで死んだように動かないハルのスチルがすごくきれいなんですよね……このゲームで一番好きなスチルです。

気を失うハルをネリちゃんが水から引き上げようとするものの、重たくてなかなか動かすことができない。周りで見ている生徒たちに助けて欲しいと声をかけますが、誰ひとり二人を助けようとはしません。

この件をきっかけにハルはコップの水を飲むことすら拒むようになります。

授業にも出られなくなり、徐々に衰弱していき、ネリちゃんはまた一人になってしまう。

そこから「一緒にいてくれた友達を助けたい」とネリちゃんの奮闘が始まるのですが。

 

石ころルートから真相ルートにかけてはネリちゃんとハル、二人の戦いのお話でした。

何だろうなあ、ハルの石ころルートってすごく気持ちのいいルートなんですよね。こういうのを等身大と言うんでしょうか。

強くいられる人が弱くある人を救うでもなく、弱い人どうしが寄り添って生きて行こうとする話でもない。ハルもネリちゃんも、一生徒としてただそこにいて、自分以外にもそう接することができる。ただそれだけのことなんだけど、たったそれだけのことがこの二人にしかできなかった。

ハルの透徹した物事の捉え方も、ネリちゃんの愚直な真っ直ぐさも、見ていてうらやましくなってしまうくらい気持ちがよかった。

そうですね、例えば、

 

 

「破られた絵、テープで……」
震えるハルくんの言葉を引き取る。
「うん、一緒にテープで繋ぎ合わせたよね。下手くそで、全然線が繋がってなかったけど」

 

 

これは真相ルートの終盤、忘れていた記憶を取り戻したときの二人のやり取りで私の大好きなシーンなのですが、ネリちゃんとハルってもう、終始こんな風で、ずっと真横で同じ高さで、渡し合えるんです。なんでしょう……なんていうんでしょうね……すごく難しいことを全く無理せずやっていて、何か、こう、愛おしい在り方というものを見せてくれるんですよね……

 

 

真相ルートのエピローグも、スチル含めてとても美しい帰結を見せてくれます。

 

水恐怖症が更に悪化し、溺水する幻覚と悪夢でとうとう自分の体を傷つけるようになったハルの石ころルートバッドエンド。保健室のベッドに手足を縛り付けられ、存在しない水に狂ったように怯える、ボロボロになったハルのあまりの痛々しさに、ネリちゃんは思わず泣いてしまいます。ポロポロ溢れるネリちゃんのその涙にすら気が触れたように暴れるハルを前にして、涙を拭ってぐっと堪えて笑うしかなくなったネリちゃんの姿に、階級移動が発表されたいつかのお茶会でのネリちゃんの姿がずいぶん昔のことのように過ぎる、そんなバッドエンド。

 

真相ルートでハルは水への恐怖を克服し、あんなにも水が怖かった理由が忘れていた過去にあることを知ります。

両親がすでにこの世にいないこと、

母は溺れた自分を助けようとして亡くなったこと、

父はその数年後アルコール中毒で亡くなったこと、

晩年の父がオフィーリアをモチーフとした絵のみを描き続けていたこと。

父は母の死の原因である自分を責めて、オフィーリアを描き続けたのではないか。

 

エピローグで、ハルとネリちゃんはずっと探していた一枚の絵を見に行きます。

その絵を前に縺れた誤解が解けた瞬間、ハルの目から溢れるように涙が零れるのです。

長い冬を超えた雪融け水のような涙が、頬をつたって、緊張を解いていく。

もう戻らないようにさえ見えた、絡まった誤解を解く最後の一本。

 

「ハル」という名前が記憶を書き換えられた時に与えられたものだったのか本当の名前だったのかは最後まで終えた今でも分からない。レイとハルだけがカタカナの名前であることを思うと、もしかしたら音だけは二人の本当の名前だったのかもしれない。でも私は、絵に付けられたタイトルを見て「偶然?」と呟くハルに「こういうのは、奇跡っていうんだよ」と答えたネリちゃんを信じたい。

 

騙され続けて利用された過去も、正体の分からない恐怖に苦しんだ時間も、乗り越えてここにいることも、「ハル」として過ごしたこれまでの全てへの、祝福だったと思いたい。

偽りの記憶を与えられて本当の記憶とのギャップに苦しんできたハルの、ずっと探してた父親の絵が、偽物を経てそれすらも本物にしてそうしてここにいる今のハルへ。

春の季語をもって、ようやくやさしく語りかけるのだと。

 

 

 

◼︎薔薇ルート

 

石ころルートも薔薇ルートも、ネリちゃんが自身の抱える孤独感を理由と原動力にし加速していくのですが、それが一番強く、かつ、悪い方向に出てしまうのが薔薇ルートでした。

 

石ころルートのネリちゃんが友達と呼べる唯一の人であったハルと、薔薇ルートでは友達でいられなくなります。階級の違うものどうしが横に並ぶことはできないから。薔薇階級には薔薇階級に求められる振る舞いというものがあり、今まで通りではいられない。全部は選べなくて、選ばなかった方を捨てる覚悟を持たなくてはならない。

 

薔薇ルートのネリちゃんは、石ころルート序盤で見せたような目に見えない小さな亀裂を実はずっと持っていて、それに気付かないまま無理を重ねてしまったんだろうなあ。

 

石ころルートのネリちゃんにはそもそもまともに話してくれる人がハルと十矢とエド先生くらいしかいないので迷わずまっすぐ進んでいけるけど、やっぱりネリちゃんだって仲良しの友達がたくさん欲しいし無視されたくなんてないんですよね。

寂しいのも一人も嫌で、お昼はみんなで机を囲むような、そんなふつうの、楽しい学校生活を送りたかった。

 

石ころ階級の生徒は、目立たず穏便に学校生活を過ごしたいか、そうでなければ上の階級に上がりたい人たちの集団なので、悪目立ちしている編入生の石ころネリちゃんと深く関わろうとすることはありませんでした。

 

でも、薔薇階級の生徒は違う。

 

珍しい編入生で特別なにかが優れているというわけでもないのに学園長と女王から目をかけてもらっているネリちゃんは、どの階級にいるにせよ気になる存在ではあったのでしょう。

そんなネリちゃんが自分たちと同じ階級に上がってきたんだから積極的に話しかけて探ろうとしてくるのは自然なことだったと思う。

例えそれが仲良くなりたくてかけられた言葉ではなかったのだとしても、素朴なふつうの女の子であるネリちゃんには、やっぱり、それだけで薔薇階級に昇格してよかったって思えるくらい嬉しかったんじゃないかなあ。

 

薔薇階級の毒はじわじわとネリちゃんの心を蝕みます。

 

本当に馴染めてるわけじゃない、無理をして、無理から目を逸らしてなんとか輪に入れてもらえてる。嬉しくて、それ以上につらい毎日。

そんな中にあっても、石ころルートでそうだったようにやっぱりハルだけは変わらないのです。

一生徒の藤枝ネリと話をしてくれるのです。

薔薇ルートのネリちゃんにとってもハルは唯一の友達で、癒しそのものでした。

 

思えば、石ころルートは『二人』の毎日だった。

誰からも見えなくても、見えたところで踏みつけられるだけだとしても、澄んだ視界に映るものを捉えていく。そう生きる人に共感するなら捨てる覚悟を持たなければならないのに、それでもこれ以上の孤立と孤独が待つ石ころ階級への降格は耐えられない。薔薇階級での仮初めの友情を諦められない。

 

みんなの中で一人になることが怖いけど、みんなじゃない誰かもほしい。

 

ネリちゃんは、薔薇階級に馴染むために自分を変えようとしながらも、同時に、ずっと変わらないでいてくれるハルを天秤の反対側に乗せてしまいます。傾きそうになる精神のつりあいを一人のひとに押し付けてしまうのです。

 

きっと薔薇階級のままハルと友達でいられる道もあっただろうと思う。

今までのように好きなときに話をしたり、放課後一緒にノラ猫にエサをやったりはできなくなるだろうけど。

これから先の未来にある、ハルとのそういう穏やかで何気ない時間を捨てることさえできれば、石ころルートでそうだったように、心を横に並ばせることはできたんじゃないか。

だってハルはネリちゃんが薔薇階級のままであったとしても変わらないでいられる人だ。

 

ネリちゃんが選んだのは薔薇階級らしい手段で、無理を通すことでした。

ここからネリちゃんとハルの関係は少しずつ歪んでいくこととなります。

 

 

薔薇ルートを進めながら、ネリちゃんの交友関係も狭かったけど、ハルの交友関係も同じくらい狭いんだよなーってことを思いました。ハルとふつうに口をきいて気にかけてくれるのって、ネリちゃんと十矢くらいしかいない。

 

ネリちゃんの薔薇階級への昇格は、ネリちゃんの交友関係を一気に広げました。

 

約束も考えることも比べ物にならないくらい増えて、それにつれ、ハルとの会話がだんだん成り立たなくなっていく。ハルにとっての放課後は、絵を描くか猫にエサをやるかだけど、今のネリちゃんにはそうではない。

そんな小さなすれ違いを前兆として、積み重なるバツの悪さがどんどん最初の目印からネリちゃんをズラしていく。頭上の星を見失っていく。

 

気付いたときには致命的なまでにズレていて、そうなると、最初こそネリちゃんの癒しであったはずのハルの変わらなさが逆にネリちゃんを苦しめ始めるのです。

 

ハルの薔薇ルートは、そんな、よく研がれた刃の上をゆっくり指でなぞってどんどん傷が深まっていくような、重症への過程がとてもよかった。

石ころルートで表出しなかったネリちゃんの、誰かとの衝突と孤独への忌避感から来るあやうさにしっかり向き合って光を当ててくれたルートでした。

大好きです。

 

 

 

◼︎

 

 

あー。

これ書くために色々振り返ってたけど、ハルくんはほんとーーにかわいいねえ……

クリア後の感触が三国恋戦記とまったく一緒で、わたしから溢れる感情がわたしに世界を愛しなさいとささやくんですよ、しばらく窓の外のすべてへ愛が止まらない日々を過ごしました。早く魁もプレイしてめちゃくちゃに褒めたいな……

 

VFBとかドラマCDも買ったし昔の店舗特典もハルのだけは中古で手に入れてしまいました。今度のPS4移植もアニメイトとステラで予約したよー。

ハルのルートはとってもよかったし満足してるけどでもやっぱりFDほしいよね。ね。

和田ベコ原画のおとめげーむなんていくらあっても足りないくらいだもんね。ね。

 

CF参加しました。

上手くいってほしいなあ。

 

あ、ハル個別ルートが超々々々よかったので魔性眼鏡を買いました。

次は天涯終わらせてカラマリFDやってパリカやる予定なのでまた先になりそうだけど……

 

元気をもらえたし、2018年はだめだったけど2019年はもうちょっとがんばりたいです。

 

 

2017年のいろいろとやりたいこと

 

 

この記事をもって2018年に意識をアップデート。

 

ゲーム

 

2017年もすてきなゲームにたくさん出会えて嬉しかったです。

 

これ以上ないきれいな完結を見せてくれた大逆転裁判2、

 

めちゃくちゃに気持ちをかき乱して嵐みたいに去った後には最高のサヨナラを残していったダンガンロンパV3、

 

発売後も力の入ったコラボと記憶に残るweb企画とこんなのをやりたいとこんなのが欲しいがしっかり合致したいくつものファンアイテムの発売とをほとんど途切れることなく続けてくれて日々作品への愛着心を育ててくれたSide Kicks!

 

どのゲームも、「今」やれてよかったなと何度も思いました。

積みゲーはやめなければならないなとも……

 

 

  

漫画 

 

商業BL漫画は別記事立てたのでそれ以外で私の今年はこれだったというものを。

 

  

 

椎名うみ作品

 

 

 

 

 

2017年は椎名うみにめちゃくちゃ嫉妬した年だった。

 

私はあまり嫉妬や人を羨む感情が強い方じゃなく、いいなあと思ってもいいなあ止まりであることが多いのですが、久しぶりに胸をかきむしられるような嫉妬をし、この人の目で世界を見たくて、見た世界をこんなふうに受け手に伝えられるような言葉や表現を持ちたくて、いいと思ったもの全部が欲しくて、そのどれも全部ない自分が地面叩き付けたいくらいイラついた。

 

twitterで1話が話題になってたときは生理ネタだったのでふーんくらいにしか思わなかったのですが……椎名うみになりたいのか優里ちゃんになりたいのかもう分かりません、「青野くん」を読むとその2つがぐるぐるしてしまいます。

 

これ書くためにちょっと読み返してみたけど涙がでそうになってそれ以上読めませんでした。

 

 

 

 

青春のアフターIF

 

 

 

緑のルーペにずっとしゃらくささを感じていたのですが、IFではない本編では伏せられていた「倉橋はバイセクシャルで鳥羽に恋している」という設定が明かされて描かれた本作で簡単にコロッといってしまう程度の感情でした。

 

めちゃくちゃよかったです。

 

最後のオマケページは本編軸に戻って「倉橋は鳥羽に恋をしていた」という伏せられていた設定を明かすものだったのですが、このオマケページは同人誌版では袋とじになっていて、自分の手で破らなければ――不可逆の傷をつけなければ――読めないというコンセプトがあったらしく、倉橋にとってその感情はこんなにも明かすつもりのない、もしくは、明かしたくないものだったんだなってやりきれないような気持ちになった。

 

物理媒体ってやっぱりすごいなと、触るだけで少し痛い、ざらざらした歪な切り口を想像しました。

 

少し読み返していたんですが、さくらの祖母が亡くなったときのシーンでさくらの親戚へ向けた倉橋のセリフに「でも封を切れば全ての前提が覆ります」というのがあったことに気がつきました……倉橋…… 

 

「青春のアフター」自体が「こいのことば」の否定であることは読めば分かるしあとがきにも書いてあるんだけど、IFの袋とじオマケ漫画のタイトルも「If not」なんですよね……緑のルーペ、よく知らないですけど自問自答のひとですね……

 

 

 

楽園の羊は泣きかたを知らない1巻

 

楽園の羊は泣きかたを知らない(1) (マガジンエッジKC)

楽園の羊は泣きかたを知らない(1) (マガジンエッジKC)

 

 

 

奈々巻かなこがもう好きで好きで好きなので新作というだけで嬉しい。

 

展開がテンポよくて、独自設定のあるファンタジーなのにそれでも設定と状況とキャラクターたちがすっと入ってくる。

 

なんかいつも、くすぐられるようなじわじわくるかわいさがある男の子キャラクターをくれるんですが、今作、シュラがめちゃめちゃかわいいです……はあ……

 

 

 

あとは、 

 

 

 

かみつき学園1巻

 

かみつき学園(1) (シリウスKC)

かみつき学園(1) (シリウスKC)

 

 

 

2017年一番好きだった(続刊除)百合漫画。

 

 

 

俺たちマジ校デストロイ1巻

 

俺たちマジ校デストロイ 1 (B's-LOG COMICS)

俺たちマジ校デストロイ 1 (B's-LOG COMICS)

 

 

 

エロと直接的感情表現のないヤリチン☆ビッチ部(どっちにしろ最高)。

ヤリチンの話ではない。

 

 

 

ひつじがいっぴき1巻

 

ひつじがいっぴき 1 (ハルタコミックス)

ひつじがいっぴき 1 (ハルタコミックス)

 

 

 

グロとホラーと痛みをびっしり描き込まれた奇妙でかわいいモチーフでくるんでリボンかけたらグロとホラーと痛みが隙間からちょっとはみ出してしまった、みたいな。

ホラー要素のある漫画描く人、基本的に描き込みが偏執的で画面が賑やかなので好きなんですけど、この方の偏執的な描き込みは小学生の女の子が夜に夢見る世界としての奇妙かわいい部分にも発揮されていて、じーっと見てしまうようなコマがいくつもあります。

めェさんがかわいい。

 

 

 

白聖女と黒牧師

 

白聖女と黒牧師(1) (講談社コミックス月刊マガジン)

白聖女と黒牧師(1) (講談社コミックス月刊マガジン)

 

 

 

表紙がかわいくて買ったら中の絵も表紙通りでめちゃくちゃかわいかった。

そんなかわいい絵で描かれる聖女様がこの子がもーかわいーーーーーです!!!

黒牧師とか書いてあるので男の子が腹黒系かと思ったら鈍くて真面目な世話焼きでよかったです。

調子にのらない世話焼き×調子にのる世話焼かれ、世界一好きなカップリングなので。

 

 

 

などなど。

2017年もすてきな漫画にたくさん出会えました。

 

 

  

アニメ

 

ゲーマーズ!」「武装少女マキャヴェリズム」「覆面系ノイズ」がよかったです。

一番記憶に残ってるのは「クズの本懐」の最終話で、これに関してはtwitterで喋ってたので以下ログです。

 

 

 

アニメ版クズの本懐、イベントCGみたいな一枚絵で塗りもそれっぽいのがよく挟まれるなと思っていてそれ自体に特によさを感じたことはなかったけど最終話のモカのファッションショーとえっちゃんと花火の校舎外でのシーンで使われたのは立ち絵→イベントCGくらいの力があってすっごいよかった

posted at 23:11:42

 

 

アニメの最終話を見たあと原作最終巻を読んだらアニメの最終話があまりに完璧で原作がかすんでしまった アニメの最終話ですべてを完璧に見送ってしまった後だったから番外編掲載決定っていうのにも全く心が動かなかった

posted at 23:15:55

 

 

箇条書きであらすじを書けばアニメも原作も同じなんだけどアニメの最終話はサブタイトルの「二人のストーリー」通りに花火以外のキャラクターたちのこともちゃんとCG付きイベントで見送らせてくれたんだよ それも麦だけじゃなくて

posted at 23:19:41

 

 

「身体に触れずに相手を思い遣って言葉を選ぶことを初めてしたと思う」みたいな花火のモノローグが好きで印象に残っているんだけどアニメの最終話は誰かが誰かを思い遣るシーンをいくつも入れていて花火が今まで見ようとしなかったもの受け止めきれなかったものが開かれていくのがよく伝わった

posted at 23:23:59

 

 

花火の文化祭の仕事の手伝いを明らかに花火に好意を持ってるモブ男子が名乗り出て一緒にいた友達のモブ男子がそれを見ているシーンとか、花火が片思いしてたメガネやめた先生が花火に声をかけようとするのを茜先生が止めるシーンとか 原作になかったもののどれもが必要なものだった

posted at 23:27:19

 

 

高くで結んでたツインテールを下ろして自分で縫ったドレスを着てランウェイを光の方へ消えていくモカの後ろ姿に乗せて「あんたも自分だけで歩いてみたらわかるわ」のセリフをもう一度聞かせてくれたのが私には一番だった

posted at 23:36:12

 

 

アニメの方が感傷的ではあるかも 原作の方が花火が一人で歩いていくことをより強調していたかも でもえっちゃんの最後の勇気の後ろに眩しすぎて明るすぎる蛍光灯ではなくて桜吹雪と柔らかい太陽の光をくれたのもアニメの最終話だった……

posted at 23:40:34

 

 

最終話のモカのかっこよさときれいさが忘れられない

posted at 23:47:39

 

 

約束をしようと先生に小指を差し出そうとする花火が麦と小指で交わした約束のことを思い出したり、久々に会った麦に一番に言われたのがごめんねだった時に麦からの最後の連絡だったごめんねのメッセージを思い出したり観客席にいる花火と目があったモカが花火に最後にかけた言葉を思い出したり

posted at 23:50:17

 

 

髪切ったんだねって花火に髪に触れられたえっちゃんが最初に花火に同じように髪に触れられた時のことを思い出したりとか 思い出すことと思い出してしまうことと思い返してしまうことを何度も見せてくれたのも好きだった

posted at 23:54:18

 

 

みんな何度も過去のことを思い出すけどでもモカは光の方へ自分で歩いて消えていくしえっちゃんは花火にはもう触れずにすっきりしたって笑うし振り向いても後ろ姿さえ見えなくて二人とも相手がいるわけないこと分かってて振り向いてて時間は戻らないし隠れたところは傷だらけで

posted at 00:18:20

 

 

報われることがあったとすればその傷がきっと特別な傷だってことと特別な傷だって思えていることくらいで

posted at 00:19:26

 

 

この作品もなんだかんだ大人は上手いこと収まるべきところに収まって子供たちは視野が狭かったり自分をコントロールできなかったり持てる手段がなかったり妥協を知らなかったりして傷つくだけ傷つくタイプの話だったけど多分なんだかんだ大人は上手いことやれてしまうお話のこと嫌いじゃないんだと思う

posted at 00:27:38

 

 

茜先生ほんとつまんないよ 一個もおもしろくないし全然好きじゃないけどでも嫌いじゃないよ

posted at 00:31:20

 

 

アニメの最終話がなかったらみんなに思いを馳せることはなかったと思う……アニメの最終話見てよかった……それでも麦とメガネの方の先生のことはどうでもいいけど……

posted at 00:33:59

 

 

最後までつまんないやつ、って言いながら放課後誰もいなくなった教室で黒板に書かれた茜先生結婚おめでとうの文字を雑に消す元合唱部員になりたい

posted at 00:38:34

 

 

 

アニメはtwitterで喋ってなかったら全然思い出せないし今年はもうちょっとちゃんと見たいなーと思うんだけどすでに無理そう……

 

  

 

今年したいこと

 

もう今年も四分の一が終わりますが!

今年は新作ゲームを新作の内にやることと、楽しいなーと思ったらアンケートを出すことをしたいと思います。

あとは本を全然読んでないのでちゃんと読みたいのと、商業BL小説とTL小説を何冊か読みたい……同人乙女ゲームもやりたいです。

暮らしを送りたい。

がんばります。